安心して産める社会へ

日本のお産事情は、今どうなっているのでしょうか。
日本産科婦人科学会などがリサーチしたデータや日本全国の産科医、
子育て奮闘中のお母さんやお父さんなど、リアルな声を通して、
安全な出産環境を考えていきます。

数字で見るお産事情

  • 100万人

    減る赤ちゃん

    昭和24年のベビーブーム期には270万人の赤ちゃんが生まれましたが、近年出生数は減る一方。2014年には100.3万人と100万人を割る目前まで来ました。日本の最大の課題の一つとなっています。

  • 110%

    フランスの回復

    フランスでは1995年の76万人から2006年には83万人へと回復。先進国の出生数が軒並み減少する中、少子化対策の先行事例として注目されています。

  • No.1

    世界一安全なお産

    日本の周産期死亡率は出生1000あたり3.3と主要国の中でも最も低く、世界一安全なお産環境と言えます。

  • -40%

    なり手が4割減

    産婦人科医のなり手が急激に減少しています。2010年には491人だった新しい産婦人科医が、2014年は334人と4割も減少。深刻な状況に日本産婦人科学会と日本産婦人科医会は緊急声明(link:http://www.jsog.or.jp/statement/pdf/kinkyu_teigen_20141213.pdf)を出しています。

  • 296時間

    過酷な労働環境

    産婦人科医の1ヶ月の平均在院時間は、約296時間。一般的な月平均所定労働時間が173時間と言われているため、127時間の残業が常態化している過酷な環境といえます。

  • 82

    ひとりで82人

    ひとりの産婦人科医が担当する分娩数は年間で約90件。一人一人のケアをしながらこれだけの数のお産をサポートするのはとても大変なことです。

  • 4

    出産年齢の高齢化

    1985年に35歳以上のお産は全出産の7%でした。それが2014年には28%と4倍にも増えています。これは出産リスクの高いお産が増えるということでもあり、お産の現場の厳しさにもつながっています。

未来へつなぐ命

「未来へつなぐ命」の発刊にあたって
東日本大震災後、日本産科婦人科学会は産婦人科医師を派遣する等、被災地の産婦人科医療をサポートしてきました。
このような支援を継続するとともに、日本産科婦人科学会広報委員会は、より被災地の現状を多くの方に伝える方法として、「未来へつなぐ命 〜原発にいちばん近い街、南相馬の産婦人科から〜」を発刊するに至りました。
この本を作成するにあたり現地でお話を聞くなかで、切実に感じたことは、「まだ震災は終わっていない。この現実を風化させてはいけない」ということ。その上で、震災の被害だけに焦点を当てて伝えるのではなく、南相馬に生きる人やこの本を読んでいただいた日本中の人がこれからの未来へ希望を持てるような物にしたいと考え、このような形になりました。
今後も、日本産科婦人科学会は被災地に対し、様々なカタチで支援を続けていきます。

医師からのメッセージ

  • 杏林大学
    医学部産科婦人科学
    教授 岩下光利先生
  • 東北大学大学院
    医学系研究科
    婦人科学分野(婦人科)
    教授 八重樫伸生先生
  • 獨協医科大学
    産科婦人科学
    教授 北澤正文先生
  • 公益社団法人 日本産科婦人科学会 前理事長
    国立病院機構 京都医療センター 院長
    小西郁生先生
  • 富山大学
    医学薬学研究部
    産科婦人科教室
    教授 齋藤滋先生
  • 信州大学医学部
    産科婦人科学教室
    教授 塩沢丹里先生
  • 岡山大学大学院
    医歯薬学総合研究科
    産科・婦人科学
    教授 平松祐司先生
  • 慶應大学医学部
    産婦人科学 名誉教授
    内閣官房参与
    (少子化対策・子育て支援)
    吉村泰典先生
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教授 岩下光利先生
杏林大学
医学部産科婦人科学
教授 岩下光利先生
  • Q 産婦人科医になったきっかけを教えてください。

    小さい頃は、自然科学者に憧れていたんです。高校生になると物理学に目覚めて、相対性理論や量子力学の本を読みあさっていました。将来は理論物理学や天文学をやりたいと思ったりもしたのですが、父親が産婦人科医だったこともあり、医学部に入って分子生物学をやることにしたんです。
    いざ産婦人科医になってみると、大変でしたね。若手の頃は当直が月に10回くらいあって、ほとんど眠れないまま次の日の勤務に入るわけです。当時は今よりも出生率が高かったので、分娩数も多かったんです。でも、その期間に医師としての診察能力は相当鍛えられました。その後、研究をやりたいという思いが強くなり、3年間アメリカに留学しました。
    留学中は中枢の内分泌学の研究をして、帰国後は周産期医学に携わりました。周産期医学というのは、妊娠22週から生後満7日未満までの母体と胎児・新生児の医学的・生物学的問題を研究する学問です。臨床と研究がリンクする、非常におもしろい分野だと思っています。

  • Q 周産期医学というのは、具体的にはどんな研究をしているのでしょうか。

    例えば、どうして赤ちゃんはあんなに早く大きくなるのか、大きくならない赤ちゃんがいるのはなぜなのか。そういったことを突き止めていくわけです。一番おもしろいと感じているのは、お母さんと赤ちゃんの関係ですね。お腹の中の赤ちゃんは、母体から栄養をもらわなければ生きることができないので、必死で栄養をもらおうとします。一方、お母さんは胎児に栄養をあげながら、自分の命も守らなければならない。そこを制御しながら子宮の中で育てているわけです。
    その過程で、赤ちゃんからいろんなサインが出ていたり、お母さんがうまくコントロールしたり。とても複雑で興味深いです。現在、医学の分野では、がんについては大体のことが分かってきました。今後は、生殖と脳の科学が中心になっていきます。人間は他の動物と比べると、とても生殖効率が悪いんです。今、不妊症が話題になっていますが、1000年、2000年後は、生殖補助医療がもっともっと増えているのではないか。そんなことに思いを馳せることもあります。

  • Q 最後に、妊産婦さんへのメッセージをお願いします。

    目の前の患者さんを助けるため、最善の努力をするのが医師の使命です。妊産婦さんに対しても同じですね。未受診妊婦の問題が話題になることもありますが、ぜひ私たち産婦人科医を信じて、健診に来ていただきたいです。妊娠の経過を見守り、安全な妊娠・分娩のために全力を尽くしたいと思っています。元気な赤ちゃんを生んでくださいね。

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教授 八重樫伸生先生
東北大学大学院 医学系研究科
婦人科学分野(婦人科)
教授 八重樫伸生先生
  • Q 産婦人科医になったきっかけを教えてください。

    1978年に、イギリスで世界初の体外受精児が誕生したんです。私が大学1年生の夏でした。
    その年の冬に、ルパン三世の第一作目の映画が公開されました。確か、『ルパン三世VS複製人間』というサブタイトルが付いていたと思います。ナポレオンやヒトラーなど、歴史に大きな影響を与えた人物をクローン技術で複製するというシーンが印象的な映画でした。今観てもおもしろいですよ。
    要するに、体外受精やクローンのような技術は、フィクションであったり、どこか遠い世界のことだと感じていたんですね。
    ところが、1983年、僕が大学6年生の秋に日本初の体外受精児が生まれたんです。それがなんと、私の所属する東北大学から生まれたんです。まさか自分の大学で体外受精が行われるなんて、想像もしていませんでした。それが産婦人科に興味をもつきっかけとなりました。

    やがて産婦人科医になり、最初は胎児の死産などにつながるウイルスの研究を行いました。その後、アメリカでの留学を経験。今は婦人科悪性腫瘍の分野に力を入れています。

  • Q 毎年8月に行われる、産婦人科サマースクールについて教えてください。

    2004年頃、産婦人科医になる若手がどんどん減って、このままでは産科医療が崩壊するのではないかという危機がありました。日本産科婦人科学会のメンバーが集まって、この状況をなんとかしなければならないと話し合う中で、産婦人科サマースクールの企画が生まれたんです。
    そのサマースクールも今年で8回目になりました。おかげさまで、サマースクールに参加した研修医の約6割が産婦人科医になっています。
    こういった取り組みの中で、日本産科婦人科学会の結束力がどんどん高まっていきました。

    東日本大震災の直後に、日本産科婦人科学会から1週間交代で2名ずつ医師を派遣したのですが、病院や都道府県ではなく学会という単位ですばやい支援ができたのは、以前から強い組織ができていたからだと思います。
    今の若手の産婦人科医たちは、大学の垣根を越えて、横のつながりをもつようになっています。私たちが若い頃は、大学の医局を中心とした組織だったのですが、それもまた変わりつつあるようです。今後の産科医療において、こういった横の連帯は大切だと思いますね。

  • Q これから妊娠・出産を経験される方へのメッセージをお願いします。

    やはり、日本の産科医療は世界最高レベルであることを伝えたいですね。妊産婦死亡率、周産期死亡率ともに世界で一番低いんです。胎児期や新生児期に亡くなる確率も低い。日本人の平均寿命が長いのは、赤ちゃんの亡くなる確率が低いことも関係しています。
    産科医不足など、課題もたくさんありますが、日本の周産期医療はずっと良い方向に進み続けていると思うんです。
    例えば、分娩施設の集約化によって、昔は各町にひとつずつあった分娩施設が遠くの大病院にまとめられるようになってきています。
    もちろん、各町に分娩施設があればいいなと思いますが、産婦人科医の人数や安全性を考えると、集約していくのは自然な発想だと思うのです。交通の便も時代とともに良くなっていますしね。

    今後も周産期医療のレベルを高めていくために、妊産婦のみなさんにもご理解いただけるとうれしいですね。それによって、より信頼できる、安心なお産ができるよう、私たちも努力したいと思っています。

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教授 北澤正文先生
獨協医科大学
産科婦人科学
教授 北澤正文先生
  • Q 産婦人科医になったきっかけを教えてください。

    実家が産婦人科を開業していたんです。ずっと赤ちゃんの泣き声を聞いて育ってきたので、ごく自然に後を継ごうと思うようになりました。ところが、29歳の時に性腺外睾丸腫瘍というがんを発症して、かなり進行した状態で見つかったんです。抗がん剤を6回、手術も受けました。その結果、性腺機能を失いましたが、なんとか命は取りとめることができたんです。ただ、大きな病気をすると、生命保険に入ることができません。つまり、融資を受けることができないので、病院を開業することができないんですね。そういった運命に導かれて、大学の教授になりました。おかげさまで、今は元気でやっています。

  • Q 大病を経験して、医師としての変化はありましたか。

    がんが発覚してから、連日連夜、たくさんの検査を受けました。早く診断を付けて治療を開始しようとしてくれたのだと思いますが、「一体なにを調べてるんだろう……」と不安で仕方ありませんでしたね。実際に患者になって、はじめてその気持ちが分かりました。「ちょっと痛いけどガマンしてね」って、医師はよく言うでしょう? あのひと言がどれほど辛いか。それ以来、患者さんの痛みに敏感な医師でありたいと思うようになりました。
    出産に関しても、麻酔をつかって痛みを緩和する和痛分娩の技術をもっています。ただ、自分ががんを経験したので、がんの患者さんを看ていこうという気持ちにはなれませんでした。抗がん剤がどれほど辛いか身にしみて分かっているので、手加減してしまうんです。そして、性腺機能を失ったので自分には子どもができないけれど、子どもをつくる手助けができるんじゃないか、そんな思いから生殖内分泌を専門にしてやってきました。体外受精や顕微授精がはじまって、すでに20年以上の月日がたちました。当時産まれた子どもが私の所属する大学に入学したり、分娩を担当したこともあります。つい最近も、体外受精で私が卵を子宮に戻した子の手術を担当しました。産婦人科医というのは、不思議な巡り合わせに満ちた仕事だなと感じますね。

  • Q 最後に、アネティスを通して妊婦さんに伝えたいことはありますか。

    産まれてきた赤ちゃんは、お母さんの希望になります。夜中に何度も授乳したり、オムツを替えたり、泣き止まなかったり。育児には辛いこともたくさんあると思いますが、それらはすべて肥やしになるんです。たのしい未来が待っているので、がんばってくださいと伝えたいです。
    また、アネティスは妊産婦さん向けの情報誌で唯一、日本産科婦人科学会が協力しています。実はアネティス立ち上げの時、私は学会の広報委員だったので、編集に携わってきたんです。現在、産婦人科医の努力によって、日本の妊産婦と赤ちゃんの死亡率は世界最低クラスです。こういった産婦人科医のがんばりも、アネティスを通して伝えてほしいですね。私も医学生や妊産婦さんに「これ見てね」って、地道に勧めたりしてるんですよ。

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教授 小西郁生先生
公益社団法人 日本産科婦人科学会
前理事長
国立病院機構 京都医療センター 院長
小西郁生先生
  • Q アネティスに期待していることはありますか。

    とっても良い媒体だと思っています。どんどん内容を濃くして、妊婦さんのお役に立てるものにしてほしいですね。若い医学生が目に触れる機会もあるので、社会における産婦人科医の役割も伝えてほしいです。今年、医学部の入試面接を担当したのですが、産婦人科医になりたいという人はほとんどいませんでした。みんな子宮にいた頃の記憶が残っていたら、産婦人科医になりたいと思うはずなんですけど(笑)。残念ながら、胎児の頃の記憶が残っている人はいないので、ぜひアネティスで産婦人科医の役割を伝えてもらいたいですね。もちろん医者を目指す人だけでなく、もうすぐ親になるご夫婦など、広く一般に産婦人科医の存在や意義を知ってもらいたいです。

  • Q 先生のお子さんは、ご自身で取り上げたのですか。

    息子と娘がいるのですが、ふたりとも私が取り上げました。若手の産婦人科医として、バリバリやっていた頃でしたね。普段、妊婦検診でいらっしゃった方には、「切迫早産気味ですから、安静にしてくださいね」なんて言っていたのに、いざ自分の妻がそうなったら、「このくらいの家事なら大丈夫かな?」と、些細なことで迷ったりしました。2回目の妊娠は、子宮頸管無力症といって、妊娠中期あたりから赤ちゃんの重みを支えることができなくなり、陣痛がないのに子宮口がひらいてしまう症状がありました。早産にならないよう、頸管縫縮術という手術を行うのですが、これも私が担当しました。当事者になったことで、妊婦さんとご家族の不安な気持ちを実感することができましたね。

  • Q 最後に、妊産婦さんへのメッセージをお願いします

    妊娠・出産って、本当にすばらしいですよね。わたしが産婦人科医になったのも、妊娠・出産が経験できる女性への憧れがあったから。
    地球の約50億年という長い歴史の中、生命が誕生したのはつい最近のこと。約500年前に人類が誕生し、たくさんの命が生まれては消え、現在まで脈々とつながってきたわけです。地球の歴史から考えると、人間の一生なんてあっという間。星がパッと光って消える、そのくらいはかないものです。ただし、女性は子どもを生むことで2度光ることができると思うんです。男性としてはうらやましい限りですね。でも、産婦人科医なら、生命が誕生する瞬間に立ち会ってお手伝いすることができる。できる限りベストな状態で人生のスタートを切れるよう、あらゆる手を尽くすのが私たち産婦人科医の仕事だと思います。そんな思いを胸に、多くの産婦人科医たちが努力していることを知っていただきたいですね。
    何度も言いますが、本当に妊娠・出産はすばらしいです。もし生まれ変わったら、女性になって、妊娠・出産を経験してみたいと思うくらい、すばらしいと思っているんですよ(笑)。

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教授 齋藤滋先生
富山大学
医学薬学研究部 産科婦人科教室
教授 齋藤滋先生
  • Q 先生はなぜ産婦人科医師を目指されたのですか?

    高校の時の生物の実習で、初期発生というのを実習して生命って面白いな、神秘的だなと思って、将来そういうような道に行きたいなと。 大学の最初の実習が産婦人科で、その時お産に立ち会って本当に感動したんだ。そのまま教授室に行って「僕は産婦人科医師になります」と言ったんだけど、逆に「まだ産婦人科しか回っていないから一辺全部見てから決めたら」と言われたくらい。(笑)
    でもそのあと(他の科を)全部回ったけれど、やはりそれを上回る感動が無かったので、教授に「やはり僕、産婦人科医師になります」っていったら今度は認めてくれましたね。

  • Q 最もご感動された経験を教えてください。

    我が子の出産の時は感動しましたね。

  • Q 先生が取り上げられたのですか?

    子どもが2人いるんですが、2人とも僕が取り上げました。
    特権だと思ったね。自分で自分の子供を取り上げるって。
    長女の時は顔が出てきたら、僕の顔にそっくりだったんですよ。お見舞いにきたみんなから「先生の子に間違いないわ」と言われたぐらい。(笑)

  • Q 休みの日は何をされていますか?

    休みはほとんどないんです。土曜日か日曜日空いているのは1カ月に1日あるかないか。
    その時は思い切り寝ます。

  • Q 愛読書はございますか。

    最近は全然本を読めてないです。読む時間がなくて。

  • Q 産婦人科を取り巻く現状を変える為には、何が必要ですか?

    一般の女性、特に妊娠を考えている女性を味方につけないといけない。それが一番。
    医療関係者だけが仕事がハードだとか、待遇が悪いとか言ったって、それは中々改善できません。やはり一般の方々がこれは何とかしてあげないといけない。
    それで産婦人科医師が自分達のお産の安心を勝ち取る為には、病医を育てないといけないけれど、そういう環境に救い上げるような運動が一番大事だと思います。
    それと学会の方も産婦人科医療の窮状だけを言うのではなくて、「こういう風にしたいんだけれども力を貸してもらえませんか」と、一般の方に共感してもらえるような形でメッセージを発信していけないかなと考えています。

  • Q Anetisの取り組みについていかが思われますか?

    妊婦さんって勉強したがるんですよ。
    色んな情報がほしいですし、まず妊娠についての色々な悩みもありますし、それから産まれてくる赤ちゃんの情報も非常に欲しがっているんですね。
    そこでぜひアネティスを活用してほしいなと思いますね。
    もう一つ注文があるんだけれども、アネティスにお母さんだけではなくお父さんに対しての情報を出してあげてほしいんです。今色々な地域でお父さん用母子健康手帳もありますよね。あれはすごく好評なんです。
    というのは、お父さんは自分の奥さんが妊娠してつわりになっても、どうしていいかさっぱり分からない。まして核家族になってきたら、お母さんもどうしたらいいか分からない。そういう時は男性が作ってあげたらいいと思うし、例えばアネティスにあっさり系のレシピが載っていたら助かりますよね。
    そういう特集があったら喜ばれるんじゃないかな。

  • Q 最後にこれから産婦人科医師を目指している学生の方にメッセージを。

    この仕事について良かったなと思うのは人の誕生の瞬間に立ち会えるということかな。そこが何物にも代えがたい。職業としてでも自分の仕事に誇りを持てる点かなと思いますよね。
    人間が成長していくにはこの職業はすごく良いと思います。

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教授 塩沢丹里先生
信州大学医学部
産科婦人科学教室
教授 塩沢丹里先生
  • Q なぜ、産婦人科医師を目指されたのですか?

    学生時代からがんに興味があり、当時とても患者数が多かった婦人科腫瘍の治療に取り組んでみたいと思いました。それと、内分泌学という分野にも関心があって、血液中の微量な物質が臓器の働きに大きな影響を与える仕組みなども研究してみたかった。その両方ができるのが、産婦人科だったのです。
    さらにもう一つ、赤ちゃんが生まれるのはよいもんだなあという気持ちもありました。
    産声をきくのが好き、というのが実は一番の理由かもしれません。

  • Q 分娩を扱う医療機関や医師の減少で、お産の現場はとても大変そうです。

    2004年から新たな臨床研修システムが導入され、研修医の地方病院離れが起こってしまったこと、当直が多いこと、他科に比べて訴訟リスクが高いことなどが、その背景にあります。お産というのは、いつ何が起こるか分からない。24時間態勢の救急医療です。しかもお母さんと赤ちゃんの、2人の命を守らなければなりません。これまでは医師たちの熱意と努力が産科医療を支えてきましたが、それが限界に来ているということです。

  • Q 若いドクターを増やすためにはどうしたらいいですか?

    勤務条件の改善や、情報共有をはじめとした訴訟リスクを軽減する仕組みを整えるなど、さまざまな改革が必要です。こういった制度的な面に加え、学生や研修医に産婦人科の魅力や地域医療の使命などをしっかり伝えていくことも大切でしょう。現在、大学医学部や自治体、学会等が知恵を出し合い、全力を挙げて取り組んでいるところです。

  • Q 産婦人科医師を目指している学生の皆さんに伝えたいことは?

    産婦人科は病院で「おめでとう」と言える唯一の科です。また、外科的や内科的な面も含まれるため学問領域がとても広く、治療か研究か進路を決めかねている人でも、きっと情熱を傾けられるテーマが見つかると思います。
    是非、思い切って飛び込んできてください。そして志を高く持ち、たとえどんな小さな分野でも世界のトップに立つつもりで頑張ってほしいと思います。

  • Q これからお母さんになる方へのメッセージをお願いします!

    赤ちゃんの幸せは、生まれてくる家庭が温かい場所であることです。ところが、現代社会は自分第一主義になってしまい、よく言えば多様化・個性化、実際は家庭、特に子どもの将来に対する責任を軽視している面があるような気がします。
    強固な家庭は日本の宝です。 お母さんになるあなたは(もちろんお父さんも)まず第一にがっちりとした家庭を築き、そこで子どもたちを健やかに、心豊かに育ててあげてください。

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教授 平松祐司先生
岡山大学大学院
医歯薬学総合研究科 産科・婦人科学
教授 平松祐司先生
  • Q アネティスに期待すること
    ―anetisの編集に携わってみての感想は

    編集メンバーもこの産婦人科の現状や学術的な内容をとても勉強されていて大変助かっています。「anetis」の編集に3号までかかわってきましたが、このような今までなかった取り組みが行えることは大変意義深いと思います。
    学会はこのような取り組みに関与する機会がなかったので、今まで妊産婦の皆様に本当に一番知っていただきたいことを伝えることができませんでしたが、この「anetis」の編集に学会が携わることにより伝えることができるようになりました。僕が広報委員長だからというのではなく、(いち産婦人科医師として)絶対に定着させなければならないと思っています。

  • Q 出産の現場も大きく変わってきていますね

    日本の周産期医療(出産にかかわる医療)は世界のトップレベルに位置しています。 我々が生まれた時代・・・50年前とは格段に進歩しました。 そのことをこれまで話してこなかった・・・ だから、我々の気づかない間にお母さんも赤ちゃんも何事もなくて当然という分娩安全神話が出来上がってしまいました。 そのためスタンダードな治療をしていても、何かあれば「うちの子が・・・」「うちの女房が・・・」 「うちの孫が・・・」という話になってしまう。 それは間違っていて、やはりお産には様々な医学的リスクは存在しており、統計がそれを示しています。
    今まで産婦人科医、新生児医、救命救急医、麻酔科医たちが協力し合い日本のお産の現場を助けているので、今の安全神話があるんです。 心構えを持たないでお産に臨むことは非常に危険です。最近では妊婦健診にも行かずに飛び込み出産までされる方もいらっしゃいます。 それは無免許で車を運転するような危険な行為だということを知ってもらいたいと思います。
    そのほかに妊娠期間中の栄養や体重増加のこともまだまだ伝えきれていません。 周産期医療に関わっている先生方は公開講座などで知ってもらおうと努力いただいていますが、今本当に知ってもらいたいことを伝えられる「anetis」の存在は大変ありがたいです。

  • Q anetisでどんなことを伝えていきたいですか?

    今まで新聞社の依頼で興味があることに関してのみ協力したことはありますが、以前のものとはちょっと違いますね。 学会が協力してフリーペーパーを出すことなんて今まではあり得ませんでした。
    私たちは今、現場で本当に苦しい中頑張っている若手・中堅医師たちの現状を知ってもらいたい。日本中の人に産科というのはこういう人たちが支えているというのを是非とも伝えたいし、周りの人たちに知って頂く事でモチベーションを上げてもらいたいと考えています。
    そういう意味でもこの企画(anetis)は育てなければならないと思っています。
    僕がいつまで広報を担当しているか分かりませんが、これを育て、軌道に乗せるまでが仕事だと思っています。

  • Q これから産科医を目指される方、若手医師へのメッセージを!

    学生や若手医師にいつも言っていることは、産婦人科というのはとても取り扱う範囲が広いということです。 生命の誕生に始まり、周産期、不妊治療、がん、更年期など。もちろん、内科的なことや、外科的なことも扱わねばならないので本当に広範囲にわたる。
    例えば、若い時分には一日4~5時間の睡眠でNICUの救急を担当し情熱を注ぎ、体力の衰えを感じたら更年期医療に携わるなど科内での移動も可能です。 産婦人科の中でも特に産科領域は、分かっていることは氷山の一角で、10%は見えているけどのこり90%は海の中、羊水の中、子宮の中という状態なので、とても研究分野としても 「夢」があります。 また、「おめでとうございます」と言える科は唯一「産婦人科」であることも魅力ですね。

  • Q 先生になられるきっかけは?先生自身はなぜ産婦人科医師を目指されたのか?

    もともと血が好きだったので心臓・血管外科に進もうと思っていましたが、学生時代に実習に行って、そこで初めて胎児胎盤機能検査法であるE3キットを作った大先輩と1週間ほど毎日寝食を共にしていて感化されたのかなぁ・・・(笑) その大先輩も未知の分野が非常に多く、臨床するにも広い分野があるので、ちょっと迷って入ってもきっとやりたい事が見つかると話して頂いたのを覚えています

  • Q ほとんどお休みが無いと思いますが、休日はどのようにお過ごしですか

    趣味が多くあまり自宅でゆったりしている暇がありません。
    ※「実は僕の本業は書家なんです(笑)」と驚き発言。 (お話をお聞きした翌日から岡山の大手百貨店で先生の作品数点が展示されるそうです。腕前はかなりのもの!)
    他にも、本当に多趣味で、水墨画、ゴルフ(昔は80台で周っていたけど、今は100前後だそうです)本を読むのも好きだし、水泳もやります。 映画も大好きで、そのきっかけは田舎で小学生のときに見た「十戒」。俳優は男優ではハリソン・フォード、女優ではメグ・ライアンがお気に入りかな。 普段は一人で見に行くのが多いけど、結婚してからは、妻ともよく見に行っています。 洋画・邦画問わず見に行っています。 最近は偶然にも同じ誕生日の娘さんと一緒にこれまた同じ誕生日の松たか子さんの映画を観たりしましたよ(笑)

  • Q 最後に、これから出産・子育てされる方へのメッセージをお願いします。

    まず、お産というのは案外危険なものであるということを認識してもらいたいです。 そして、妊娠中の過ごし方によってお子さんの将来の健康にも影響することを知り、妊娠中の栄養などについても気を配って欲しいですね。

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教授 吉村泰典先生
慶應大学医学部 産婦人科学 名誉教授
内閣官房参与(少子化対策・子育て支援)
吉村泰典先生
  • Q アネティスの取り組みについて

    これまで学会は学問をする場でありましたが、これからは社会に対して何らかのメッセージを発信する場にならなければならないと思います。 このアネティスは、産婦人科医師は何を考え、何を伝えたいのかというメッセージをお母さんに向けて発する媒体としてとても有用だと考えています。
    このアネティスにより、まだいろんな取り組みができると思っています。
    たとえば、助産師さんにスポットを当てて、頑張っている助産師さんの姿を描いてみるのとかどうかな?助産師さんたちにとっても大きな励みになると思います。

  • Q 産婦人科を取り巻く環境が厳しくなってきていますが・・・

    日本の周産期医療は世界でもトップレベルにありますが、社会になかなかその状況を理解いただく機会が得られませんでした。 しかし、周産期医療は現在非常に厳しい状況に陥っており、崩壊寸前まできています。
    待遇面や労働環境の悪さから若い先生がなかなか産婦人科医師を目指さなくなっていますが、それでも現場の産婦人科医師は頑張ってなんとか周産期医療を支えています。 その状況をお母さん方にも理解してもらうことが大切です。
    最近ではようやく国や地方自治体も少しずつですが大変さをわかってくれるようになってきました。 それは非常に良いことだと思っています。

  • Q 先生はなぜ産婦人科医師を目指されたのですか?

    僕はやはりお産が好きだったということに尽きるかな。 これは、誰が見てもそうだと思うが、初めてお産を見ると感動すると思いますよ。「感動」、ほんとに赤ちゃんが生まれてくることは感動以外にない。
    生まれ変わったら医者にはなってはいないと思いますが、もし生まれ変わっても医者になっているならば、産婦人科医師になると思います。

  • Q もし医者になってなかったら?

    うーん、何になってただろうなー。(深く考え込んで・・・)建築家ぐらいかな?

  • Q お休みはどのように過ごされていますか?

    もっぱら散歩だね。朝早くに起きて、家内と一緒に自宅から代々木公園・明治神宮を一周するコースを散歩するのが楽しい。 15キロぐらいあるかな。途中で逆走(後ろ向き歩き)を30本ほどやったり、スクワットをやったりしている。逆走は思っている以上にきつい。
    帰って朝からビールを一杯飲んでのんびりするのが最高の幸せです(笑)。

  • Q 最後に、医療の最前線で頑張っておられる若い先生、 これから産婦人科医師を目指している学生の方にメッセージを!

    産婦人科は非常に面白いと思う。確かにきついし辛いし、若い人も目指さない状況も分かりますが、夢がある。 産婦人科医師に大切なものは夢とパッション(情熱)だと思います。産婦人科(という仕事)は必ず私たちに夢とパッションを与えてくれる。
    最近は産婦人科医師になろうとする先生も増えてきている。産婦人科医師に対する待遇も本当に良くなってきています。 産婦人科は来年ぐらいからは良い状況がくるのではないかと期待しています

  • Q サマースクール(※)の出席者も倍増しているみたいですね!

    そうなんです。一昨年は80名ぐらいでしたが、昨年160名ぐらいの学生や研修医の方々が参加しました。そのうちの半分ぐらいは実際に産婦人科医師になると思います。努力は必ず報われると信じています。
    ※サマースクール 社団法人日本産科婦人科学会が開催している、将来産婦人科医師を目指す医学部学生や初期臨床研修医にむけて産婦人科の最新の医療を学んでもらい、学術交流を図るとともに、相互の親交を深めることを目的とした研修プログラム。

  • Q 見通しは明るいですね!

    本当に見通しは明るいと思います。我々先人が夢とパッションを若い先生に与え伝えられれば、絶対に大丈夫。
    このアネティスの事業といっしょですよ、伸びていくばっかり(笑)。